お酒は上手に飲みましょう

ひさびさログスターさんの話題いってみましょう。
今回のネタは「お酒の上での失敗談」
私なんか,ありそうですか?なさそうですか?

実は,すずめはお酒は飲みません。
宴席は嫌いじゃないし,アルコールにも弱くはないですが,
日常で飲むことはありません。
だから,日本酒はすべて料理酒になってしまう家です。
八海山も越の寒梅も,紙パックと一緒っていっちゃうと,
みんなが口をそろえて「もったいない。私にちょうだい」って言うのですが
この世からアルコールがなくなっても,煮物やお菓子がおいしくなくなるけど,別に苦しくもなんともないすずめです。

今じゃ無理しませんから,そんな失態を演じることはありませんが
(時々,記憶がなくなる程度です。家に帰って,シャワーかぶって化粧落として寝ているのですが,その記憶がありません)
若いころはやっぱり無茶もしました。
大学試合,サークルでさんざん飲んで,いい気分になって,
近くの河原でひっくり返ってそのまま寝ちゃったことがあります。
ほぼ野垂れ死に状態ですね。
当時付き合ってた彼に引きずられて(この時点で命の恩人です)彼の部屋までたどり着くと,今度は服を脱ぎ始めたらしい。
たまたま,その日はいていたスカートがとてもきつくて,早く脱ぎたかったらしいのですが,もちろん,私に記憶はありません。
自宅生だったので,連絡を受けた父親が夜中に迎えに来まして
びっくりしたでしょうね。。。。
次の朝,父親からはこっぴどく叱られて,二日酔いにガンガンする頭で彼にも謝りました。
ずいぶん長いこと,酔ったら私がどうなるかってからかわれましたけど,
今じゃもう,知る人もいない話です。

私にも思い出したくない話です。それからさすがにあそこまで酔っぱらったことはありません。

知人にも,酔って裏道で寝てしまい,カバンとられて家まで7Km歩いて帰った人もいます。しばらくのち,盗られた鞄に入っていたカードの盗難届出すのに書くのを手伝わされました。
けっこうまずい経験をした人も多いんじゃないかって思いました。


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やっぱりちゃんと分かるんじゃん

<業務妨害>大量殺人予告の17歳少女を送検へ 福岡県警
6月15日14時37分配信 毎日新聞


 福岡県警少年課は15日,携帯電話の会員制掲示板に殺人予告の書き込みをしたとして,同県内のアルバイト少女(17)から軽犯罪法違反(業務妨害)容疑で事情聴取していると発表した。同容疑で書類送検する方針。

って記事が載ってた。

この少女は14日朝,東京・秋葉原の通り魔事件を引用して,自分の携帯電話から「九州のある駅で大量殺人する」と掲示板に書き込んだらしい。「いたずら目的だった。世間を騒がせて申し訳なかった」
って,ぶぁっかも〜〜ん!!17にもなって,なにがいたずらだぁ?寝言は寝てから言えっつうの!!

書き込みを見た掲示板の利用者が,何人も福岡県警などに通報し,九州管区では,九州の各県警がJRと私鉄の駅などの警備を強化,JR九州なども警戒態勢を取っていたということのようです。

やっぱりわかるんですね。
まあ,IPアドレスがわかりますから,プロバイダが特定できて,そのPCが特定できます。ごまかしようがないですから。
たぶんそうやって割り当てて行くんだろうと思うんですよ。

悪いことってできません。
だいたい,ふざけてそんな人騒がせするなんて冗談にもならないから,
ちょっと警察にお灸をすえてもらったほうがいいのだと思います。
名前を書かなければ何をしてもわからないだろうなんて,
無責任にもほどがあるってことをしているわけですし,
それも秋葉原の事件がどんなに多くの人に悲しい思いをさせているのかをちょっとでも慮ることができたら,
騒ぎに乗って自分もそんな悪戯をしようなんて気にはならないはずなので,どこかにそんな気持ちを忘れてきてしまっているのでしょう。

ネットは,全員が善人なら,こんな便利なものはないのですが,悪人がまざると,凶器に変わります。
善意や正義をどこかに置き忘れてきた人が好き勝手に使えば,
犯罪が起こることは必至です。
匿名だから何をしてもいいなんて,2番手3番手に来る人は,
口では偉そうなことを言っていても,気の弱い,言葉でははっきり気持ちを言えない人でしょうから
何人か捕まれば,やっぱりわかるんだってことが感じられるでしょう。
バカなまねをする人のせいで,変な規制がかかる前に,少し警察にがんばってもらいたいと思います。

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ありがとうございました

ティッシュの季節

実はすずめは昔からひどい花粉症で,5月のこの時期になると,ティッシュが手放せない。
目がかゆいし,くしゃみは止まらないし,鼻水が止まらないのだ。
不思議なことに,子どもを産んで,体質が変わったのか,
前ほどひどくなくなり,医者に行くほどではなくなった。
それでも鼻が詰まるし,くしゃみがよく出るので,けっして過ごしやすい季節とはいえない。

天候(気温と湿度)によって体調に変化をきたすので,
今日のように乾燥注意報が出ているときは
なんとも調子が悪かった。
今日は早めに寝て,少し,体力の回復を図ります。

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お前はバカか?

お前はバカかとよく言われるが
なんでも楽しいすずめである。

ノー天気というのか,極楽とんぼというのか
楽天的とか,前向きとかいう,聞こえのいい言葉もある。

だいたいは悪い言葉といい言葉は裏表なもので

あと先も考えない出たとこ勝負で,「なんとかなるさ」と考えていることが楽天的なのであり
底が浅くて,隠しごとができないため,裏表がなくて,わかりやすいのである。
そのくせけっこう鼻っ柱が強く,男勝りなところはやる気があって前向きであるともいう。

こういう言葉の裏返しは中学校の教員が調査書を書くときによく使うもので,調査書を量産するようになって(大規模校で3年生を連続して持ち,全員が複数受験すると,昔はPCが使えなかったので,年間100枚ペースの調査書をかくことになる)改めて,短所は長所なんだと思えるようになった。

こういうド幸せな性格なので,
「お前はバカか」と言われながら,バカとアホではどっちが親しみがあるかなあなんて真剣に考えている。

今回の修学旅行でも,御禁制の品がいくつか見つかって,本人をきつく指導したり,親に連絡したりしていたわけだが,
私としては,命にかかわったりせず,犯罪でもないこの手の行為自体は,別に腹も立たないし,気にもしていない。
むしろ,そういうことをやってくれたおかげで,首根っこを押さえられ,指導が入りやすくなる点では,飛んで火にいるなんとやら。でかした。よくやった。ざまぁみろ。って感じで,楽しくてしょうがないのである。

さて,連休中,ちょっと親にも絞られ,大人しくしているしかなかったという御禁制品持ち込みの下手人たちは,あしたどんな顔で出てくるだろう。
また学校に行く楽しみが増えた。

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タグ:楽天家

だから雪道は嫌いなんだってば

夕方,映画を見に行って,映画館を出ると吹雪だった。
冗談じゃない,すずめは毎日車に乗ってどこにでも出かけていくが
実は運転が嫌いだし,へたくそだしという
とんでもないおばちゃんドライバーなのである。

自分の腕にまったく自信がないので,
仕方なく前時代の遺物のような車に乗っている。
(腕に自信がない分メカに頼る)
そう,4WDのマニュアルである。
それだけ聞くと,とんでもないマニアックな車に聞こえ
すずめが,ハンドルを握ると人がかわって(同じだという人もいるが)
かっ飛んでいく様を想像する人がいるが,
全く反対で,すずめはオートマが怖いのだ。

何が怖いって,ふつうの道でも,オートマは基本的に走ろうとする。
車だから,走るのが当たり前であるが
マニュアルの車は,アクセルから足を離すと,摩擦によって止ろう止ろうとスピードが落ちるが,オートマはそれに比べて前に進もうとする力が強い。それが怖い。
だいたい,ブレーキから足を離したとたんにずるずる人の許しも得ないで前に出る車なんて,信用がならない。

雪道なんて最悪である。
雪道では,ブレーキをかけた瞬間,車がスリップして制御がきかなくなるときがあるから,
極力ブレーキをかけないほうが怖くない。
原則,ブレーキを踏まないと止ろうとしないオートマでは
それだけズルッと滑ることも多くなる(と信じている)。
マニュアル車はシフトダウンによってエンジンブレーキがきくので
極端な話,ブレーキをほとんど踏むことなしに止まることができる。
もっとも,最近は,ブレーキを踏まないと,ブレーキランプがつかないから,後ろの車に減速がわからなくて,追突されたらどうしようと思うようになった。

みんなにそれこそ口をそろえて
オートマは楽だと言われて
それでも,この3か月のおそろしさに4WDのマニュアルが手放せないおばちゃんなのであった

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タグ:雪道 4WD

キズ

自己評価をさせた時に,異様に低い子と,異様に高い子がいる。

どこをどうみたら,これがAだと思えるのか,その基準がわからないと,私が頭を抱えたくなるぐらい雑な仕事にAをつける子。
かわいがられすぎて,自己中のまま14歳になってしまっているタイプが多い。

逆にDしかつけない子もいる。
認められたいのに,特に親から認められないで,自分に自信がない子が多いように思う。

それでも,そこそこできているのに,CやDしかつけない子を見ていると,これは遠慮なのか,気分なのかわからなくて,イライラくることが多い。

と,目標管理の最終面接で校長に言われた。
「すずめちゃん,自己評価低すぎない?」
言われて思った。
私も,自分にAはつけない
Bですら,よほどうまく行ったと自画自賛できるときしかつけられないから,私の目標管理はCだらけである。
日ごろ私が,「この子ってどうなん?」と思っている,自己評価の低い子に自分が重なった。

私も親にほめてもらったことは,記憶に残る限り,ない。

自分としては,それが気持ちの上でキズになっているとはおもっていなかったが,やはり,なにかしらわだかまりがあるのかもしれない。
「この子ってどうなん?」と思う子に割となつかれるのも
同じ匂いがするのかもしれないと思った。

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自閉症だった(?)すずめ3

なんですずめが「自閉症」なんじゃないかと考え始めたか,
それは,すずめの弱点にある。

すずめはどうでもよさそうなものに,とてもこだわりが強い。
変な話なのだが,たとえば,ガソリンスタンド。
今は自宅の近くで,入れているが,行きつけ以外のところには入れない。
理由なんかないのだが,気持が拒否するのだ。
5年ほど前に,行きつけのガソリンスタンドがつぶれてしまった。
さぁ,困った。近くにいくらでもガソリンスタンドぐらいあるのだが,
なかなか行けない。明日こそ。明日こそといっているうちに,車のガソリンは空っぽになってしまった。
結局どうしたかというと,何Kmも離れた所の,同じ系列のガソリンスタンドで,めでたく給油できたのである。
いまでも,通り道で安い店なんかを見つけることはあるが,
やはり,はいれない。
すずめが顧客にいると,だから,そう簡単にはよそに行かないメリットがある(笑)

同じ理由で,一人で食べに入ることができない。
最近モスバーガーだけ,クリアしたので,ハンバーガーなら食べられるようになった。
誰かが一緒なら,何も問題ないのだが,一人がダメなのだ。
その,貴重なハンバーガー屋さんでも,中では落ち着かず,絶えずキョロキョロあたりを眺めたり,落ち着かず携帯に何度も手を伸ばす,
明らかにヘンな客なのである。

おまけに,すずめは直感的に人の感情を読むのはわりと得意なのだが,
一般的に,話の裏側を読んだりすることが苦手で,いわゆるKYである。
すずめが,なんとか人に失礼にならない程度に生きている(つもり)なのは,学習の成果である。
何度も失敗し,人を怒らせたり,嫌われたりしながら,頭で覚えたからだ。
すずめの別れた夫は,いつも「お前はなんでそんなに性格が悪いんだ?気配りができず,人の気持ちがわからない。お前はハートじゃなくて,頭で気持ちを考えるからいつも失敗するんだ」と言っていました。
すずめが自分の気持ちと向き合おうと,どんなに頑張っても,すずめには自分の気持ちがよくわからない。
なんで感じることができないんだろう?といつも悲しかったのです。
そのくせ,自分に対して向けられる感情の変化には敏感です。
ですから,周りの人から見れば,平気で人を傷つけながら,自分は人一倍傷つきやすい,なんとも身勝手な存在だったわけです。

で,ある時,自閉症的傾向のある子と時間を過ごして,
すずめははたと気づきました。
似ている・・・・

そう思うと,いろんな謎がいっぺんにストンと落ち着きました。
落ち着いたといっても,なくなったわけではありませんから,トラブルは,ある時はあるんですけど,少しは対処することができるようになりました。
夫とは結局別れてしまいましたが,
悲しいのは,そのことを自分が悲しいと感じられないことです。

私など,まだまだ社会生活を送っています。トラブルはあっても,不自由ってほどではありません。
ってことは,診断をもらうくらいの自閉症的傾向をもつ子どもは,
どんなにか苦労しているのでしょう。


参考:自閉症だった(?)すずめ
自閉症だった(?)すずめ2

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自閉症だった(?)すずめ 2

人は生まれてから5年間の間に,親孝行の90%を終わらせるという。
それがすべての人にあてまるなら,すずめの母親はかわいそう過ぎる

未熟児ぎりぎりで生まれたすずめは,肌の色が透き通るように白かったそうだ。
美しかったのではない。血液の色素が足りなくて,つまり貧血で色がなかったのだ(笑)
ほどなく,すずめは病気を繰り返すようになった。
一番ひどかったのは,BCGを接種したあと,そのまま結核菌にやられてしまったときである。
半年入院した。私には断片的な記憶しか残っていないが
母に抱かれて,川を見ていた1シーンがある。
もうじき3歳だというのに,10kgほどしか体重はなかった。
強い抗生物質の投与により,今でもすずめには若干の発育不全の跡がある。

そんな育ちのせいか,すずめは一人遊びが得意であった。
ほっておくと,ひとりでいつまでも遊んでいた。
すずめには,空想の世界があって,ひとりでいることに苦痛はなかった。
しかも,何かやり始めると,周りの声が聞こえなくなってしまう。
誰かが話しかけたって,返事なんかしなかった。
独り芝居のようにブツブツ何かをしゃべりながら,ひとりで遊んでいるすずめは
人から見れば奇異にみえなかったのだろうか。

その挙句の幼稚園中退(笑)
そう,結局すずめは登園拒否をおこし,病気になってしまったのである。
母は「この子は学校に通えるのだろうか」と本気で心配したらしい。
そして,期待通り(?)すずめは小学校入学5日目でダウンしたのであった。
どうなったかというと,麻疹にかかったのである。
なぜか重症になってしまったすずめは,麻疹で入院してしまった。
その後も,腎臓を患い,肺にウイルスがつき,小学校の4年生までは,なかなか学校も続かなかった。
本気で登校拒否をしていたわけではない。自宅で療養しているか,
病院に入院しているかしていたので,まあ,月半分は病院に行っていたから
半分は学校には行っていたのだろう
学校に行けば行ったで,前回も書いたように,人付き合いの悪い
宿題も出せない,情けないやつだった。

当然のように,5年生になると,いじめが始まった。
汚い,くさい,バイ菌・・・・
今と変わらない悪口がとびかい,すずめの持ち物は移動したり,隠されたりした。
ズックの中に給食のパンが押し込まれ,悪口のメモが回された。
給食のジャムを投げられて,髪の毛をべとべとにしたこともある。
一人の女の子と話をしていると,「わたしの友達を取った」とクラスの女の子に囲まれた。
誰とも口をきけなかった。
学校なんか大嫌いだった。
教師に話をしようなんて欠片も思わなかった。どうせ,何も分かっていない。
通知表をもらいに行った母親に,くだらない話しかしなかった教師だ。
あてにもしていなかった。
親にも話せなかった。心配させたくなかったというわけではない。
人の感情を親に相談したって,無意味だと思っていたのだ。
卒業が待ち遠しかった。
中学校に行けば,すべてが変わる。なぜかそう信じていた。

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自閉症だった(?)すずめ

「自分は自閉症だと思う」とよく言う同僚がいる。
何を根拠にそう思うのかわからないけれど,
最近自閉症的傾向だの,LDだの,ADHDだのと
いろんな病名がでてくると,たいていの人が程度の差こそあれ,
何らかの傾向があるのではないかと思う。
そういうなら,すずめも立派な自閉症である。

すずめは小さい頃,とにかくものが壊れるのが嫌だった。
バナナが折れて泣き,みかんが割れて暴れ,
形の崩れたものは食べなかった。
母は,ひっくり返ってバタバタ暴れる娘を,なれた手つきで受け止めて
怪我をしないように守っていたらしい。

幼稚園は続かなかった。
母親が見えなくなると,ずっと泣き,
母が迎えに来るまで泣いていたそうだ。
よくも1日涙が枯れなかったものだと呆れてしまうが
お弁当を食べながらも泣いていたらしい。
どんなにか母は心配したことだろう。
社会性なんて,すずめには欠片もなかった。

学校では,一人じゃないと,絵や文字が描けなかった。
落ち着いて作業できないのだ。
先生が回ってきたときには,自分の作品を隠し,
先生がいなくなるまで動かない。
一度タイミングを逸してしまうと,てこでも動かなかった。
動かないのではない,動けないのだ。
宿題だって,作品だって,なにかの歯車が狂うと,仕上げられない。
学校にお残りになって,先生が横にいたりなんかすると,
どなられたり,怒られたりして,ボロボロ泣きながらでも作業はできなかった。
なぜできなかったのか,自分でもわからないが,動けなかった。

今でも,横に付いていると動かない子が時々いる。
ためしに知らん顔して,しばらくまったく放置しておき,戻ってきて様子をみる。
作業が進んでいるようなら,声をかけずに,邪魔しないように,
またしばらく時間をあげる。
きっと幼いときのすずめと同類なんだと思う。

今でも,何かの順番が違ったり,新しいことをしたりするのは苦手だ。
人がたくさんいる場所も好きではない。
賑やかな場所では,一人で誰とも喋らず,じっとしていることが多い。

そんなすずめが今は教師だっていうのだから
人間,どこでどうなるかわからない。

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壮絶(?)な関係

昨日のユウさんとこの記事にもあったが,
生徒との雑談は楽しいし,生徒指導上けっこう役に立つことがある。
それでも,若いころは生徒のほうからもウザウザやってきて
正直言って「チョイ待ち!」となることもあったが,
だんだん年齢も離れてくると,まずこちらの体力と感性がもたなくなり
すこしずつ疎遠になっていく。
昔のように,いきなり廊下で抱きつかれたり,わざとぶつかられたりすることはなくなり
こちらのほうからソロソロと寄っていかないと話してもらえなくなった。
(生徒のほうもコミュニケーションがへたくそになっているのかもしれない)

休みの日や正月なんかにも,最高15人がガタガタやってきて,
それこそ家の中の食べ物を根こそぎ食べつくし,飲みつくし,
隣の家から苦情が来るんじゃないかとひやひやするほどギャーギャー騒いでいた。
それもまた楽しかったが,今じゃその子たちも順番に結婚して人の親になっている。
やがてその子たちが大きくなって,中学校に入ってくるのだろう。
そのころはそろそろこちらも定年かもしれないが。

いつの間にか息子と仲良くなり,義兄弟の契りを結んだとかいう
変な生徒もいた(笑)
息子はその子からゲームの手ほどきをうけ,(ろくなことを教えない)
ゲーセンに連れて行ってもらい,いい思いをしたようである。
思えば,保育園時代から生徒たちによって育ててもらったようなところがあるので
生徒には足を向けて寝られないというのが正直なところであろう。
何度も保育園にお迎えに行き,夕飯を食べさせてもらい
遊んでもらい,実験道具にされていた(謎)
冬場なんかで部屋干しにしていたオムツ万国旗の下で,息子と生徒がゲタゲタ遊んでいるのも
なんだか変な風景である。
我が家では当たり前のひとコマであった。
すずめは親に手伝いを頼むことができなかったので,
あの子たちがいなかったら,教師を続けられなかったかもしれない。

ちょっと思い出して,懐かしくなってしまった。

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すずめとネットの怪しい関係B リカバリー

というわけで,すずめは何度もいろんな場所へ足を運ぶことになる。

当然,オフは土日に行われるわけで
みんな仕事のないときに集まってくるわけであるが,
教員のみなさんは考えてみてほしい。
今の状態で土日に遊びに行けば,どんな状態になるか。
主婦の人も考えてみてほしい。
フルタイムで働く主婦が,土日に遊びに行けば,どんな状態になるか。
そして,だいたい,土日に遊びにいけば,経済的にどんな状態になっていくか。

そう,破綻するのである。

仕事は滞り,家事はできない,お金は無くなる

すずめはにっちもさっちもいかない状態になっていった。

これはまずいやろう・・・・。

中学生なみの頭しか持たないすずめでも,それくらいは理解する。

理解したって,気持ちが動かなければ,行動には結び付かない。

ところが,神様もいい加減見ちゃいられなくなったのであろう,

すずめに天罰が下った。

前回もお話しした通り,ネットにも人間関係が色濃く反映される。
うわさ話は電波となって世界中を駆け巡るのである。
すずめの中傷も北海道からハワイ,ヨーロッパまで
瞬時に広がっていった。
メールというのは恐ろしいものだ。
手紙なら1度に1通しか書けないし,日本の中だって数日かかる。
その間に会って話をすることも,電話をすることもできる。
ところが,メールというやつは,何百通もいっぺんに出せるし,
それらは1秒間に地球を7周り半するわけだから
返事まで含めたって数時間だ。
釈明の余地などない。
掲示板に書かれた日には,
アクセス数がそのまま読者数,しかも誰だかわからない。
一度上げられたらもう,名誉回復はないと思っていい。

すずめはネットから姿を消した。

おかしなもので,アクセスしなければ,何事も以前と変わりはない。
1週間もすれば,ネット上では死人である。
しかも,実際の世界では,名前も知らなかった同士だ。
危険など,及ぶはずがない。
オフ会で顔をあわせていてでさえ,ハンドルネームと携帯番号しか知らなかったりする。
そこに影響などあるわけがない。
だいたい,ネットの上では,目の前に存在するからたたかれるので,
そこにいないものまで叩いたりはしない。
そいつらは,「存在していない」のだから。

今も付き合いのある人は何人かいるが,
あの頃のように飛び回ったりはしないし,
お互い,ごくまれに携帯メールで話すだけである。

今度は,メールや掲示板での誹謗中傷,悪口に悩む人に言いたい。
そんなもん,簡単です。
1週間,パソコンの電源を切ればいい。
携帯のアドレスを変えて,それを通知しなければいいんです。
そして,それに懲りて,どこにでも本名や住所を書き込まないこと。
現実の生活にまで脅迫が迫っているのなら,
自分だけで解決せず,警察や相談所など,外部の力を借りましょう。
ここでも,いつも言うことですが
誹謗中傷のほとんどは,自分が安全だと思える位置から石を投げる形でやってきます。
その程度なんです。姿を現して,現実に危害を加えようなんて根性のあるやつはそんな卑怯な真似をしません。
まともに相手をする方が馬鹿らしいんです。

けれど,ネットの中にはそんな腐ったヤツが五万といます。
いえ,ネットという環境が,人の腐った部分を助長してしまうのでしょう。
そんな腐ったヤツに悩まされるなんて,時間の無駄です。

さて,こうして今にいたるすずめですが,
相変わらずはまってますね(笑)
こういうのを,つける薬がないといいます。

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すずめとネットの怪しい関係A(だから携帯なんて持たせちゃダメ )

では,後半

すずめは,学校の先生以外と知り合いになりたいと願って
チャットの世界に飛び込んで行ったおかげで,
いろんな世界を見せてもらえるきっかけにもなった。

いまでは,ほとんど交流はないが,
それでもすずめの携帯の電話帳には,怪しいひらがなの名前が並ぶ。
みんなハンドルネームなので,ひらがなやカタカナになるのである。
一番盛んだったころには,数十人のメル友のほとんどが
ネットで知り合った人だった。
もちろん顔を知らない人もたくさんいる。
多い時はネットで出した年賀状メールが100通を超えたから,
それくらいはいたのだろう。半分以上は顔も名前も知らない。
中には,変な性癖を,家の人には話せず,
たまたま気づいたすずめに切々と語る人もいた。
自殺しかけて,その後も薬物依存に悩む女性もいたし,
在日朝鮮人の人もいた。
ちょっとここでは書けないような人たちとも交流があり,
でも,実際に会ってみると,いたって普通の人でびっくりしたこともある。
クラブのDJに連れられて,レイブに行ったこともある。
当たり前のようにドラッグを扱う人たちがいて,我が目を疑ったこともある。(クラブで踊る人たちの名誉のために言うが,ドラッグが一般的と言っているのではない。ほとんどは純粋に音楽と踊りを楽しんでいる。)

私は大人になってしまってから,そんな世界を覗き見ただけだったが,
それが中学生や高校生だったらどうだろう。
あまりの刺激の強さに,当たり前の生活など送れなくなるのではないだろうか?べつにすずめが好んで知らない世界を求めたのではない。
ネットが簡単にそんな世界を見せてくれたのである。
すべて携帯のおかげだ。
40のおばちゃんにして,そうだったのだから,中学生や高校生ならどうなるのか,想像するだけで寒気がする。
少なくとも,すずめに娘がいたら,絶対に携帯を,しかも中学生から持たせたりはしない。

いま,携帯を持たせているお母さんに言いたい。
娘や息子の携帯に誰が登録されていて,どんなサイトを見ているか把握しているだろうか?
一度,携帯の中を覗こうとしてみたらいい。
娘や息子が拒否したり,抵抗するようなら,100%そこにはお母さんの知らない世界がある。
それは子どもには刺激的で,魅力的で,勉強なんか全部忘れてのめり込んでしまう世界なのである。
それで本当にいいのか,それはお母さんが決めればいい。

携帯を持たせて,あ〜よかったという話は聞いたことがないが
携帯を持たせて,悪くなった生徒の話はいくらでも聞く

すずめの学校の生徒指導の先生がいつも言うセリフである。

あ〜,すずめのリカバリーの話はまた今度
(おまえ,ほんとに立ち直っとんのかい?という話は,聞かない(笑))

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タグ:ネット 携帯

すずめとネットの怪しい関係

パソとのお付き合いの歴史は語ってきたが,
ネットの話をしなければならない。

私は,中学生に携帯を与えるのはよくないと強く主張している。

また,
パソコンは必ず居間に置いて,親の見えるところで使わせること。
部屋に設置するのは厳禁!
と保護者に強く言うのは,
すずめ自身がかなり壮絶にネットと戦ったからに他ならない。

先にもちらっと述べたが,ネットが家にきて,
すずめは文字通りのめり込んでいった。
当時のチャットは今のjava scriptによるチャットではなく,30秒に1度リロードするタイプのものだった。だから,今のもののように流れるように会話が流れていくのではなく,画面を読み込むタイプ。結構みんな苦労してやっていた。そこに入り込んでいった。

メールのやり取りも盛んになった。ちょうどiモードが普及しだしたころで,携帯でのメールも一気に増えた。
中学生とほとんどレベルの変わらないすずめは,毎日11時から1時間ほど,チャットに興じ,同時にメッセンジャーで個人のおしゃべりもする。
チャットで何か質問したりすると,一気にメッセンジャーの窓が5つも6つも開いて,お節介たちが面倒を見てくれた。

オフ会というのも経験した。チャットや掲示板の仲間が電源をオフにして集まるのがオフ会である。
全国から集まったネット仲間たちとおしゃべりするのは楽しかった。
東京で,京都で,札幌で,オフ会は会を重ねた。
最高70人ぐらいのサークルに膨れ上がっていくと,人間関係もいろいろこじれてくる。
誰かがどう言ったの,ああ言ったのと噂が飛び交い,光速で世界中を駆け巡る。当時海外にも仲間がいたので,まさにグローバルなうわさ話や誹謗中傷が飛び交った。
IPアドレスから,誰が震源地であるかはわかるが,一度発信されたうわさ話を聞いた人たちには不信感が残る。
あんなに大きく,仲良かったはずのチャット仲間もばらばらになっていき,やがてチャットの部屋も閉鎖になった。

そんな状況だったから,すずめも無理を重ねて東京や北海道まで出かけて行って,ネットのお付き合いだった人たちと実際に会うことになる。
携帯がそれを助けたことは言うまでもない。
携帯がなかったら,あんなに派手に動き回ることなど不可能だった。

つまり,中学生だって,携帯を使えば,どこに飛んでいくかわからないのである。交通費がない?
冗談じゃない。中学生とあらば,大人は高速道路を飛ばして,いくらでも迎えに来てくれる。

いろんな人に会った。男も女も,いろんな職業の人がいた。もともと教師以外の人と会いたかったので,教師はいなかったが,
主婦,医者,自営業,エンジニア,公務員,いろんな人がいた。
誰も,ウソは付いていなかった。性別も,年齢も,偽りはなかった。

もう一度言うが,私はラッキーだっただけでネットで出会った人に脅迫され,売り飛ばされる話はいくらでもあるのである。
携帯を持つ中学生の4割が,顔も知らない人とメールの交換をしたことがあると答えている事実を忘れてはいけない。
相手が性別,年齢を偽り,悪意を持っている場合だっていくらでもあるのだ。

しかし,そんな広いお付き合いなど,今まで縁のなかったことである。当然,家族の間では冷たい空気が広がる。
あの時,ネットにはまってた仲間たちの中では家庭不和を抱える人が多かった。当然である。みんな家族だんらんの時間に,ネットにのめりこんでいた人たちなのだから。
すずめの生活もかなりガタガタになった。

また後半は次やな


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すずめのパソ歴 3

さて,そのころ,インターネットというものが広がり始めた。
すずめの家にもパソコンがやってきた。
今のようにブロードバンドもなければ,光なんてもちろんない。
電話線を使った通信で,11時になると,かけホーダイとか言って,無制限になる。
みな一斉に11時を待って,ネットを始めたものだ。

よほどの人しかわからないと思うが,今でいうスカイプとか,メッセンジャーの代わりに,ICQというパーソナル通信があって,全世界の人とお話ができる。夜中になると,よくICQを立ち上げて,おしゃべりをした。
YAHOOのメッセンジャーにもお世話になった。
珍しもんがりのすずめは,チャットにメッセンジャーにと,顔も見たことのない人たちとずいぶんお話をした。

出会い系なんてなかったせいか,いろんな人がネットには徘徊していて,危ないなと感じたことも何度もあった。
結論としては,生徒の前では言えないが
「男なんて,みんな考えてることは一つで,年齢を問わず,生殖本能で生きてる動物にすぎない!!」と実感した(笑)
結果的に,だまされも売り飛ばされもしなかったのは,
すずめがそれでもけっこう守ってもらえていたのと,
色気もなければ美形でもない年増のおばちゃんだったからに他ならない。今の子がどんな危ない環境に身を置いているかは,だからよーくわかるし,対処法も少しはわかる。

当時はパソコン通信のころからパソコンをいじっていた人が多く,
チャットやメッセンジャー,メールのやり取りでのマナー,いわゆるネチケットというやつを,その,おしゃべり相手たちからずいぶん教えられた。当時だって,掲示板やチャットが炎上することがあり,
そんな時は,何をしてもよくて,何はしてはいけなくて,
どう対処して,どうすればいいのかは「先輩」たちがうるさいほど教えて守ってくれたように思う。
堪能な人がIPアドレスから相手を割り出し,匿名でも捨てハンでも,誰が悪さをしているのかを教えてくれる。
私はいまだにそこまでの技術も知識もないが,わかる人にはわかるのだということぐらいはわかる。

その時,知り合ったある人が,
「すずめちゃん,ネットの中でもね,その人のオーラってものが出る。その人の発するものにひかれて,同じような人が寄ってくる。自分からいいものを発信していないと,いい人には巡り合えないんだ。邪なオーラには邪なものが寄ってくるんだよ」と言っていた。
これは私の中では強く印象に残っている。

それでも,私がやっていたのは,せいぜいそれくらい。
HPを立ち上げたりはしていなかった。
あんな面倒くさいもの,絶対するもんかと思っていた。

それが,今の学校に異動になり,一番最初に言いつけられたのが
学校HPの更新だったのである。

またすずめは天を仰いで涙した。
またも,やったことのない,やるもんかと心に決めていたことをせよというのか(大げさな)

今回の天の助けは,ネットで知り合った妖怪くん
PCについては知りつくし,ネットについても筋金入りの彼は,
実は学校のネットワークも構築していた。つまりプロ。
正式に要請したら,万単位のお金がいる人だったのだが
あろうことか,お茶一杯で呼びつけてしまった。
ごちゃごちゃすること2時間あまり,
サーバを移動し,FFFTPというソフトで私の職場のパソと学校HPをつなぎ,カウンターを設置し,
少なくとも私がHPをいじれるようにしてくれた。
最初にしたことは,HPの表紙をダウンロードし,
そのHTMLを読んで,日付を書き換え,再びアップロードすること。
最初はそれだけでも1時間ものだった。

かくして,HPを全ページ書き換え,毎日更新するという
すずめとしてはありえないことをやることになった。

表計算に始まり,HP構築まで,はっきり言うが,すずめが喜んでやったのは自宅での通信とインターネットだけで
あとはこの20年,(げ,20年もやってこの程度なんや)何度も涙を流して覚えたパソコンである。

たぶんこれ以上には上達しないであろうことを考えると,
すずめは実はパソコン音痴なのかもしれない。

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ありがとうございました

参考:【すずめがパソと出会った日】
   【すずめのパソ歴】
   【すずめのパソ歴 2】

すずめのパソ歴 2

かくして,すずめのパソと格闘した1年は終わった。
終わりにもなると,さすがに扱いにも慣れ,パソが途中で止まることはなくなる。
今では覚えてもいないが,MS−DOSは単純なOSだったのだろう。途中でconfiguration systemを書き換えるということを何度かしなくてはならなかった。
今のOSはそんな内部まで入っていくことはない,というか,わからないから入っていけない。
単純な昔の方が触る面白みはあったかもしれない。

なんだか事務方のおねーちゃんになったような気分もしたが,
パソ自体は面白く,すっかり気に入ってしまったすずめは
それからもよくパソをいじった。
1年目のY先生は,私から逃げていたくせに,けっこう厳しく,
テンキーで試験の点数を入力していると,よく手元を隠された。

「すずめちゃん,キーを見ちゃダメ」

おかげで入力は速くなった。ほとんどレジ打ちの気分である。
もともと英文科で,英文のタイプライターは10本指で打つのだから,
キーボード入力に不自由はなかった。
まったく見ないわけではないが,ホームポジションがしっかりしていれば,そこそこ打つことはできる。
英語ってけっこう役に立つなと感じたのは,このころからであった。

3校目に移ったとき,はじめてウィンドウズ95が出た。
すべてのメーカーのパソコンに互換性ができるという,今では当たり前のことが,ものすごく画期的なことに思えた。

その3校目で,すずめはいきなり教務主任のお手伝いで,時数計算をすることになる。
そう,あの授業時数980時間確保で,今教務の人間の頭をかかえさせている,あれである。
それまでは出席簿を手で読むという作業をしていたらしいが,
そろそろパソコンを使うべ,ということになり,
たまたま異動してきたすずめに白羽の矢が立ったのである。

いきなり言われたすずめは,またやったことのない作業に頭を抱えた。
どうすればいい?
今ならエクセルでどんなにでっかい表でも,途中で止まったりはしないが
当時はロータスの時代。しかもデータの持ち運びにはフロッピーしかなかった
毎日のコマ表をつくり,あれとこれを読んで,これを串刺しに計算して,最後にこの表に集めて・・・とよくわからないまま大きな表を組んだ。(最終的にはフロッピー1枚に入りきらない表になってしまった)
もう一回やれと言われたら,同じことはできないと思う。
(今ならもっと簡単にできるだろう)
扱いがわからなくて止まることはもうないが,
「これ,どうすればいい?」と聞いて,教えてくれる人はもういない。
何度も天を仰いだ。溜息と,やり直しと,そういうのを試行錯誤っていうんだよね。

まだ,すずめには自分のパソコンはなかった。
絶対買うものかと思っていた。

インターネットが始まって,すずめの運命はまた変わる。

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すずめのパソ歴

というわけで(前回参照)PCに向かうことになったすずめであった。
が,はじめて触るマシンが,そんなに簡単にいうことを聞くはずがない。
動かなくなると,すずめではわからないので,Y先生の助けを借りることになる。
ほどなく,職員室にすずめが入っていくと,Y先生がすーっといなくなるようになってしまった。
そりゃそうだろう,しょーもない用事で,毎時間のようにすずめが呼びに来るのだ。
用事ははじめからわかっている。「パソコンが止まった」
これしかないのか?って

また,20年も前のソフトなので,今とは容量が違う。
3年生の点数を全部入力して計算していくと,だんだん下のほうに表示されている計算能力のインジケータみたいな数値がどんどん減っていく。
数値が0になると,動かなくなるので
にらめっこしながら表を作っていく。
最後の進学資料は,表が大きすぎて,縦2分割で作らないと,機械にはいらなかった。

ある日,土曜日の夕方だったと思う
その仕事をもらって,確実に終わらせるべく,PCに向かっていた。
おもえば,その頃から,PCに向かう人がひとりで頑張らなきゃいけない仕組みになっていたのだ。

4時も回ったころ,隣でキーボードを叩いていた先生が,立ち上がった。

「すずめちゃん,ごめん,さきに帰るわ」
「はい,お疲れ様でした。」

パチン

瞬間,何が起きたのかわからなかった。
突然,すずめのパソコンも真っ暗になった。

「あ!」

そう,帰ろうとした隣の先生が,私の方まで電源を落としてしまったのだ。

デスクトップは電源を落とされたら終わりである。
それまで3時間ほどの作業はあっさり消えてしまった。

こんな時は,文句を言っても,何をしてもダメなので,
諦めて次に日にやり直すのがいい。仕切り直しとはうまくいったものだ。
さすがにショックだった。

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すずめがパソと出会った日

今では偉そうにゴタクを並べるすずめだが
最初の出会いは悲惨だった。

初任校ではまだ和文タイプの時代で,
一文字一文字活字を探して,パチンパチンとキーを叩いていた時代である。キーパンチャーなんて仕事があって,和文タイプの資格を取ると,女の子の就職が良くなった。
珍しもんがりのすずめは,事務室の和文タイプが面白くて
しょっちゅうパチンパチンやって遊んでいた。

そのうち,ワープロというものが入ってきた。
あの時は文豪じゃなかったかと思うが
緑色の画面に,黄色いカーソルがピコピコしていたような気がする。
これまた面白がりのすずめは,楽しくて,あいているときはワープロと戯れていた。

2校目に替わったときである。
3年生に所属になったすずめは,最初の校務分掌を決める学年会で,
何も考えずに「ワープロ打ったことがある人」と聞かれて
「ハーイ」と元気よく手をあげてしまったのである。
あの瞬間,運命はきまった。

「じゃ,成績処理お願い」

「へ?」

3年生の成績処理とは,年間5回の定期テストと,当時は9回あったかと思う実力テストの結果を入力し,順位をつけて並べ替え,担任の先生に書面にして返す仕事である。
同時に,度数分布を作って生徒に配布する。
当時はパソコンというものが初めて学校に入った次の年で,
すずめが行く前に,今年から成績処理はパソコンでという申し合わせができていたらしいのだ。

図書準備室に,パソコンは偉そうに鎮座していた。

電源を入れたこともなかったすずめは
まず途方に暮れていた。

「どうやって使うんですか?」

学年主任が,パソ担当の教師に引き合わせてくれた。

「今年の3年生の成績をパソコンで処理してくれるすずめさんだ。面倒みてやってくれ」

紹介された教師は,数学のY先生。
優しそうな,ちょっと行く末はお頭の涼しくなりそうな教師だった。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。どれくらい使えるの?」

「電源入れたこともないんですけど」

「え!」

さすがに呆れたのだろう。こんな私に仕事をさせる方もどうかと思うが,引き受ける方も無謀でしかない。
気を取り直したY先生,私を図書準備室に連れて行き,PCの前に座らせ,電源の入れ方を教えてくれた。
今なら電源を入れれば,勝手に立ち上がるが,当時は何か操作が必要だったように思う。よく覚えていないが。
で,立ち上がったら,当時はマルチプランというソフトを使って計算をするのだ。
マルチプランは,そののちロータス123というソフトにとってかわられ,そして現在のエクセルに移る。
PCは,MS−DOSとかいう初期のOSで動いていた。
何年かしてウィンドウズ3.1というのが入り,
やがてWINDOWS95が入って,カラー画面が立ち上がった時には感動したものである。

さて,電源を入れられるようになったすずめの
その後の奮闘は次に機会にしよう。
そろそろ生徒が出てくるので,学校で待ち受けなければいけない。

おかしいなあ,今日は先日の休日出勤の振替代休日なんだが・・・・

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デモしか先生すずめC 初任の頃

今年の教員採用試験の結果が出たようです。

すずめは幸か不幸か1回で受かっちゃったので
講師の経験はありません。
ですから,この時期の,また,採用試験前後の大変さってのは
実はわかっていないのです。

自分の採用試験の時も,どんなものが来たんだったか憶えていないのですが
健康診断の用紙を出せって言うのがあって
保健所へ検査に行った憶えはあります。

そんなことを考えていると
初任の頃を思い出しました。

今だからいえますが,相当ひどかったようです。
「こんなのが教師になる時代になったのかと頭を抱えたくなった」
10年経ってから言われました。

当時はまだ初任研ってものもほとんどなく,のんびりしたものでしたが
その分,「初任のうちから学級を持たさないとダメだ」との方針で
右も左も教師のイロハもわかっていないすずめが学級担任でした。
1年生のクラスでしたが,はぁ,もう,今から考えればかわいそうなもんです。
(もちろん生徒がです)
すずめは高校の教師志望で,中学校での教育実習をしていません。
中学生以来,生徒以外の経験がない職種へいきなり一人前として放り込まれたのです。

最初の日から躓きっぱなしでした。
最初の保護者からのクレームは,休みの日にソフトクリームをなめながらショッピングモールを歩いていて,匿名の電話がかかりました。
「教師のくせに行儀がわるい」

はぁ?

電話をとって,泣いちゃったこともあります。
すずめの初任校は児童養護施設を校区に抱えていました。
そこから,学年に3〜4人の生徒が通ってきています。
「あんな施設,今すぐどこかにやってしまえ!」
電話の向こうで一方的に怒鳴られて,思わずびっくりして泣いちゃいました。


それでも楽しい日々でした。
若い教員が多かったし,みんなでよく遊びに行きました。
22歳だったすずめは,何となく,いい人いないかなと周りを見ていましたが
先輩の女性教師の「すずめちゃん,イギリスではね,Good men are taken.っていうのよ」という言葉通り,いいなぁと思う人はすべて結婚していました。
どんな意味かって?
「いい男は取られている」って意味です。
まさにそのまま。

そのときに,私に仕事のイロハをたたき込んだのが
いまは県教組の役員をしている人と,去年,一緒に市教組の役員をしていた人でした。
私の,ちょっと反抗的な教師生活は,そこから始まったのだと思います。

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デモしか教師すずめ3

はい,じゃあ今日はやっとすずめの就職試験です。
世間知らずのおバカすずめにも社会人にならなきゃいけないときがきます。

まずは公務員試験ですが,やはり政経のできないすずめはあっさり引っかかりもせず
同様に裁判所も返事は返ってきませんでした。

教員採用試験は暑い夏休みの中学校が会場でした。
周りを見回すと,40人の教室にぎっしり受験生。
それが普通教室をほぼ全部使っているのですから
いったい何人が受けているのでしょう?って感じでした。
専門科目の試験なんか,ハイ?って・・・あれは,0点でも不思議じゃないです。
何で受かったか?
さぁ〜,他の人も全員0点だったのでしょう(ありえん!!)

もっとあり得んかったのは航空管制官の試験でした。
英語があるのは,仕方ないです
管制官の使用言語は英語ですから。
記憶の試験があるのです。
今はどんな試験をしているのか知りませんが,そのときの試験は
滑走路らしき絵に飛行機が何機も描いてあって
それぞれにあっち向いたりこっち向いたり
上向いたり,下向いたりしてるわけです。
そのそれぞれに機体番号がアルファベットと3桁の数字で書いてあります。
そうです。飛行場に行ったらお目にかかるANA0157とかJAL357とか書いてある
あの番号です。
それを1分間だったかぼーっと眺めて
「はい,やめ」で回収し,次に「今から離陸しようとしているのはどの飛行機か」とか
「着陸を待っている飛行機は何機いるか」とか
そういう質問に答えるんです。

飛行機なんか,そのときの受験に行くために生まれて初めて乗ったようなすずめには
まずその見慣れないアルファベットと数字の組み合わせが憶えられませんでした。

なんじゃこりゃ??
合格通知が来たときにはびっくりしました。
ほんとにいいの?
2次試験は羽田の航空保安大学校で行う。とありました。

田舎もんのすずめです。
羽田の飛行場に,あんなにたくさんの施設があるとはまず知りませんでした。
飛行場の外れを歩くっていうことも
おそらく一生ないでしょう。
行くだけでわくわくしました。

2次試験の最初は視力検査です。
これは自信がありました。今でも調子がよければ視力表の一番下が見えるすずめです。
老眼がかかってきて,近くのものが見えないんですけど
当時はまだまだ最強です。
これにドキドキしている人は気の毒でした。せっかく1次試験通ったのに,視力で落ちちゃ浮かばれないじゃありませんか。

お昼の時間帯になったときでした。
きっかけも,何も憶えていませんが,受験生が2〜30人いたと思います。
みんなで輪になって,自分のいろんなことを話し始めたのです。
日本全国から集まっています。様々の事情を抱えています。
家の人も親戚も,みんな航空関係って人もいました。
周りの人に黙って受けに来ている人もいました。
本来,ライバルのはずなんですけど
なぜか和気藹々,順番にいろんな話をしていったのです。
試験が終わって,すずめは一人の女子学生と一緒に帰りました。
二人とも,航空管制官になるかどうかはわからないけれど,なったら仲良くしようねと
住所を交換して帰りました。
今でも年賀状のやりとりは続いています。
結局二人とも管制官にはならなかったのですが
不思議な縁です。

1981年でした。
あのときの,あのメンバーはどうしているのかなあと今でも思い出します。
まさか,ここに来てくださってる方に関係者はいらっしゃらないと思うのですが
もし,そんな話を聞いたことがあったら,教えてください。
みんないいオジサンとオバサンになっているのだと思うのですが
ほんとに管制官になった人はあの中で何人いたのかなあと思うと,不思議な気がします。

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デモしか先生すずめ2

さて、コネのないすずめは、公務員試験を受けることになったのですが
公務員ってけっこう種類があるんですよね。
今ほど学歴の制限がなかったので、実質上中学校が卒業できていれば
どの公務員も受験可能でした。

でも、自衛隊と、警察官、これはまず除外
体育大嫌い、運動ド音痴のすずめに肉体派、武道系は向きません。

海上保安庁
これもだめです。すずめが水に入るのは
浴槽の温かいお湯だけです。


当たり障りなく行政職
迷いました。社会の中では、比較的地歴はいけましたが
政経はもっとも不得意分野の一つです。
今だって政治家の名前もあやふやだし、
生徒に話をしなきゃいけないときには予習がいります。
経済だって、持たせたお金は全部使っちゃうすずめに資産運用なんて縁のない言葉だし
インフレとデフレの区別だって怪しいもんです。
でも、これまでイヤっていったら、受けるものがなくなっちゃいます。

あとは
かっこよさそう!って思う職に願書をだしました。
(どこまでも世間知らずの怖いもの知らずです)
裁判所の職員と、航空管制官

裁判所ってなんか、知的なイメージで、
運動もなさそうだし、泳がなくても良さそうだし昔ちょっとあこがれた弁護士にも近そうだし
(大ばかものっていわないでくださいね。何も考えずに大学まで行っちゃった女子大生の頭ってそんなもんだったんです)

航空管制官は、女性に門戸を開放した2年目だったんです。
それまで男の人しか受けられなかったんですね。
男女雇用機会均等法なんてできるずっとずっと以前の話ですから
公務員でさえそんな程度でした。

で、その3つに加えて、地元での教員採用試験があって
併せて4つの試験を受けることにしました。
今だったら、泳げないすずめは中学校の教員にはなれません。
当時は水泳の実技がなかったんです。
(ってことは、いまだったら、そのデモしか先生にもなれなかったってことか・・・)

大学には、一応受験のことは届け出ました。
世話もしてくれない学生係に、知らせる必要なんてあったかなかったか知りませんが
まあ、知らせてもなにがどうって訳じゃありませんでしたから。

航空管制官の願書がそろえてなかったのは別に驚きませんでしたが
一般行政職の公務員への願書すら、学生係にはおいてありませんでした。
国立大学の学生係が、どうなっとるんや!!って思いましたね。
まじめに就職世話する気があるんか?って疑いました。
国立大学(今は独立行政法人ですが)の文系大学生。1学年、すずめの学部だけでも200人はいたはずです。
教育学部じゃないですから、教職課程を別に受講した学生じゃなければ教職にも就けないし
民間だけじゃ求人足りないことぐらいわかってて、
なのに、行政職の案内もおいてない?そんなんありですか?
まあ、今は知りません。30年近くも前のことです。
(ん?25年?あれ?わかんなくなった)

とにかく、行政職が最初で、よく覚えていませんが、次が裁判所、教職、で航空管制官と続いたはずです。
受験の話はまた今度。

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デモしか先生すずめ@

突然なんですけど、すずめは先生にしかなれなかった、デモしか先生です。
大学に進学するときも、確たる理由があったわけではなくて
親から地元にいなきゃダメだといわれ、おとなしく地元の大学に進学しました。
いえ
ほんとは東京行きたかったんです。
分からず屋の父はいいました。「東大なら行かせてやってもいい」
偏差値足らないです!
それで、「行かないから」と約束して、東京の大学を受けさせてもらいました。
一校だけ。
国立は地元を受けないといけなかったので、
私立の一つだけ受けましたが、そこはすっとんちんかんなすずめですから
誰も知らないような私立でした。
体力勝負の受験でした。
でも、受かったって行けない学校ですから、偏差値もすべて無視
東京まで行くってことに意味があったんです。

中学校から英語が好きだったので、漠然と英語ができたらいいなって
鳥飼久美子さんって同時通訳の人にあこがれて
高校で聞いていた英語会話の東後勝明さんのしゃべりが好きでした。
(数年前、研修で東後さんが講師に来てらして、ドキドキしちゃったすずめは講義どころじゃなかった憶えがあります(^^ゞ)

大学ではけっこう、それなりに英語漬けにされました。もう30年近く前ですが・・・

で、4年になったとき、はたと困ってしまったわけです。

就職がない

そりゃあもう、見事にありませんでした。

求人表が貼ってあるのですが、0しか書いてなくて、
意味ないじゃん!って
0しか書いてないもん貼るなよ!みたいな。

学生係に聞いてみたところ

「あんた、親のコネないの?」ってしゃあしゃあと聞かれました。

あるわけないでしょ。
父親はバリバリ工学系、工場の職人です。
その娘が文系、語学専攻の学生。およそ関連なんてありません。
おもわず「アンタ、学生係は学生の就職心配するのも仕事なんじゃないの?」ってのどまで出かかったんですけど、
ぐっと飲み込んで、
「コネはありません」

「じゃ、公務員受けるしかないね」

長くなるので、続きはまた明日

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タグ:就職 教師

こんにちは。すずめです

現在,公立中学校で英語を教えています。
最近もっともたたかれるジャンルの教員です。

もともと教員になりたかったわけではないけれど,コネもなく,就職難の時代に口もなく
やっとの思いで受かったのが教員採用試験だけだったわけです。

教育学部卒業でもなく,高校でしか実習していなかったにもかかわらず,採用は中学校。当初は右も左もわかりませんでした。

授業は下手。ヘマはしょっちゅう。失敗はいろいろと
先輩には「こんなのが先生になる時代になったのね」と
後ろ指を指され,校長先生には校長室に呼ばれてご指導を受け,
自分でも,よく続いたものだと思っています。
初任の年,私がしてもらったことは,先輩教師に手取り足取り
学級経営のイロハを教えてもらったことでした。
それぞれにやり方は違うけれど,熱い心の教師たちでした。
今は指導主事になったり,もう退職したり,日教組の役員になったりと,そりゃあ様々な教師たちです。

私の住む地域は日教組の組織率がほぼ90%。組合員でない人を探すのが大変なくらいです。けっして異常な偏執集団(そんな人もいますが)ではない,普通の組合員の感じ方を書いてみようと思いました。

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