平等=不平等 2

さっきに加えて,もうひとつ平等について。

人の才能を比べた時に,当然,よくできるものも,よくできないこともあるわけで,
その能力を伸ばすには,どうしても,ちょっとだけ負荷をかけないといけないことになる。

で,その負荷であるが,当然,人によって負荷は違う。
できる子には厳しく,そうでない子にはそれなりに。
一見,不平等であるが,それが平等であると思う。

生徒はたくさんいるのだから,その中にキラリと光るものを見つけて,負荷かけて,育てていくのも教師の楽しみってものだろう。
ほめて伸びる子と,たたいて伸びてくる子がいるが,どちらも楽しみなことに変わりはない。

すずめの能力なんて,たか知れてるわけで,指導にも限界があるが,上につなげてやることはできる。
見つけて負荷かけて,その子が将来有名になったりしたらどうしよう
なんて,バカな妄想を抱きながらほめたり,けなしたり,喜んだり,突き放したりする。
願わくば,幅広く才能に気づいてやりたいと思う。
そのためには,教師も何でも一応できなければならないし,知っていなければならない。


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ありがとうございました
この記事へのコメント
すずめさん、皆さん、こんばんは

才能の評価ですが、誰でも、結構、評価できるものがあるのではないでしょうか。
できる子、できない子には、単純には分かれない、それぞれの子が社会にとって、それぞれ重要な役目を持つ個性ではないかと思います。

どの子たちも、絶対に落ちこぼれさせず、等しく幸福な人生が送れるよう、等しく自己実現できるよう、それぞれに応じたサポートするのが教育であり、教師の冥利のように思います。

先生個々の力は弱くとも、先生たちが協力して、総合力を駆使すれば、目標に一歩でも近づけるのではないでしょうか。
Posted by 愛てんぐ at 2008年02月28日 17:41
愛てんぐさん,こんばんは
そうですね。理想はそうなんでしょうが,残念ながら,学校の幅ってけっこう狭いんです。
中学校段階では,むしろ,もっと汎用的な,世の中生きていくのに,人さまからかわいがってもらえるために,これだけは身につけておかんなんやろうってことを教えているように思います。責任を持って誠実に働くこととか,失敗はすぐに謝ることとか。
う〜ん,長くなるので,今度は本編で書いてみます。
Posted by すずめ at 2008年02月28日 22:02
中学生にも 謝ることとかを教える・・・
本当はもっと子どものころに身につけるべきなのでしょうね
大人になってもなかなかできないことでもありますが
社会を生きていく上で とても大切ですよね
きちんと謝れる人は 本当にかわいがられます

失敗をして反省することで成長するといいますが
実際 失敗して会社に出てこられなくなる人も
最近多いのが現状です
個々の得意なことを伸ばすことは大切だけど
得意なことだけで生きていけないのも現実
それを 受け入れられる心が必要な気がします
Posted by モモ at 2008年02月28日 22:48
こんばんは。
中学生にも謝ることとかを教える…
中学校の教諭である叔母が、数年前からしつけ面で教えなければならないことが増えたとおっしゃってました。何でも、小学校で当たり前に身につけていたものがそうでなくなっているとか。
そのせいで、授業外でしなければならないことも増えているようです。そのような実感はありますか?
Posted by K at 2008年02月29日 01:16
モモさん,Kさん,ありがとうございます。
上手に謝ることは,私の中では教えなきゃいけない最重要課題の一つです。
これができないと,勉強なんかできたって,ろくなことになりませんから。
でも,いろいろ失敗してくれるのが,やんちゃ坊主ばっかりなので,怒られるのも,上手になるのもそこばっかり。
ですから,手のかからない,一見よい子がすり抜けちゃいます。
昔から生徒指導は授業外の大きなことでしたが,最近は質が変わっているように思います。
Posted by すずめ at 2008年02月29日 06:27
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