なんか救われない話だなあ

小6転落死、天窓すべてに足跡…児童ら以前から遊んでいた?
6月19日14時31分配信 読売新聞

杉並区の区立小学校で18日、6年生の男の子が校舎屋上の天窓から転落死した事故で,屋上に設置されたほかの天窓すべてに複数の児童の足跡がついていたことがわかった。
その男の子が天窓の上で跳びはねていたことも判明。警視庁杉並署は同校の児童たちが以前から天窓に乗って遊んでいたとみて,安全管理に問題がなかったか調べている。
校舎の屋上にはドーム形の覆いがある天窓が5か所に設置されており,男児が転落した天窓以外の4か所からも,児童のものとみられる複数の足跡が確認された。
同校は屋上に通じる階段のドアにカギを掛け,児童が屋上に上がることを禁止しているが、授業などで使用することがあった。
同級生の話では,事故当時,算数の授業で屋上にいた男児が,天窓に乗っているうちに覆いが破れたという。
この時,女性教諭(49)は授業を終え,階段付近でほかの児童に教室に戻るよう促していた。


救われない話だなあと思う。亡くなった男の子とその親御さんには言葉もないし,大変気の毒だと思うが,
最初のニュースと割れたカバーを見た時から,怖いもの知らずの男の子がふざけて飛んだり跳ねたりして,落ちたんじゃないか?と思われる割れあとだったし,
たとえ教師が最後の瞬間に気づいて「危ないから降りなさい」と声をかけていたとしても,「大丈夫」と飛んだり跳ねたりをやめなかったんじゃないかと思う。

今の子どもたちは,エネルギーはあっても,ちっちゃいころから危険ととなりあわせの遊びをしてきていないから,
想像力と勘が育っていない。
これくらいだと危ないんじゃないかってことがとっさに判断できなくなっている。
ちっちゃいころから氷の上にのって,割れたり,木の枝を折ったりしていれば,どれくらいの高さとどれくらいの強度で,どうしたら危ないかってことが直感としてわかるものだが,
最近の怖いもの知らずのボクちゃんたちは,ものを投げたり,どこかに乗ったりしたときに招く危険に対する想像力が極端に低い。
そのくせ,大人の指示には従わないから,中学1年生あたりを外に連れ出したりするときはヒヤヒヤハラハラしっぱなしである。
道路には平気でふらふら出ていく。
折れそうな木の枝や,細いパイプにも平気で乗っていったり,過剰な人数でぶら下がったりする。
あたりの人の危険など考えずに何でも投げる。(4階の窓からなんでも落とすってこともする)

結局は小さい頃に大事に育てて,怪我もさせずに大きくなっていることにあるのだろうと思うのだけれど,
今更そんなことを言っても帰らないし,その傾向は今もどんどん強くなってきている。

責任問題とかで,学校も教師も,杉並区も問われ,示談になって慰謝料を払うことになるのだろう。
死んでしまった子どもを悪く言うつもりはないが,
危険を判断する能力が育っていなかったことはほぼ間違いがない。
救いのない話だなあと思う。

親は100%学校と教師の責任と思っているだろうし,
追求されれば,そうとしかいいようがない。
でも,就学前に,大人の言うことをきちんと聞く姿勢と,
危険を察知する能力を親の責任で育てておかないと,
今度は屋上のカバーではなく,別の場所で起こるかもしれないし
大事に育てたわが子が犠牲者にならないとも限らない
とおばちゃんは思うのである。

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おばちゃんのところへ来てくださって,どうもありがとうございます。
もう一押ししていただけると,もっと嬉しいです。。。。

ありがとうございました
タグ:ニュース
この記事へのコメント
そのようにして親の責任にするのが教師の同僚性というものですか・・・。
身近にも、「私はやめろと注意したんですけど子どもが聞かなくて・・・」と言い訳をする教師がいました。
それは「指導」ではなくて「指(ゆび)」ですねと指摘せざるを得ません。
言い訳であることが自覚できない教師は多いのでしょう。
何よりも危険な遊びで命を落とした子どもや保護者は不憫でなりませんが、そういう結果を導いた教師の日常がどのように「同情」を導くか、それとも「怒り」の矛先となるかは、事実関係次第でしょう。
Posted by kurazoh at 2008年06月20日 01:41
kurazohさんとやら、
何度か目にすることがありますが、
あなたの攻撃性の源はどこなのか。
ちっょと不思議な感じを受けます。

まぁ、親の責任とは言いませんが、
私ら(40代)の世代では、
普通に身につけた事柄が、
身につかなくなった社会が悪いのでは?
じゃぁ、なぜ身につかなくなったのか?

申し訳ないが、kurazohさん的な管理主義というか、
過保護が原因なんじゃないかと思っています。
「教師の同僚性」ということばで切り捨て、
その程度の管理もできない奴は教師失格だ…、
そういう失格教師をフォローする奴がいるから、
教育界が良くならないんだ…と。
世の中すべての教師が、kurazohさんであれば防げた事故かもしれません。
でも、そういう教育界になったとき、
それは良い社会を形成する大人を育てる教育になるのですか?

途上国の子どもたちの表情や
大人になって何をしたいか…というインタビュー
私たちが子どものころ…
今の日本の子どもたちと比較すると、
今の日本の教育は間違った方向へ進んでいる気がします。

で、私なりの推測では、
「過保護・過干渉・管理主義」が原因だと思います。
今回のように不幸な出来事が起こると、
必ず被害者の側に立ち、二度と無いように対策を要求する。
その繰り返しで、危険が見えない社会にしてしまう。
落ちて亡くなった子には申し訳ないが、
身近にある、ああいう形状のものが、
自分が飛び乗ったくらいで壊れるなんて、
思っても見なかったと思うし、
その場で先生が注意しても、
先生のことばや但し書きよりも、
ズックの跡の方が大きい気がします。

教育というのは何が目的なのかもわかりませんが、
子育てのことで祖母と話していたときに、
「子育てがうまくいったかどうかは、
 孫をみるまでわからん」と言われました。
まぁ、そういう時代の人だから、
今こんな発言をしたらあちこちから批判されそうです。
でも、これが教育の本質じゃないかと思っています。
「公教育がうまくいったかどうかは、
 その子達が大人になって
 どんな社会をつくるか見るまでわからん」…と。

ずいぶんずれた長文になったけど、
kurazohがどこかで教師と言っていた気がして、
さらに、上の攻撃的なコメントを読んで、
今の教育に対する不満を書いてしまいました。
深夜は興奮するものですね〜
Posted by いちろう at 2008年06月20日 04:05
この事件は、間違いなく人災ですね。
教師の管理ではなく、設計の問題です。天窓の強度は、子供が飛び跳ねる所までは想定されていません。
ましてや壊れたのは樹脂ですから、劣化もします。
屋上は「管理下」だから、強度はなくても良い・・と言う理屈は通りません。
設計上、絶対に上らない対策が必要だったですね。
ここで、設計側が「子供は上らないと思った」は通用しません。
また、子供のプロである教師の「監修」が設計に生かされるシステムもないですよね。

教師に対しての申し送りは「伝達ゲーム」ですから、確実性はありません。
自然界で子供を遊ばせた場合、目に見える危険箇所以外は管理責任を問う事は出来ませんが、人工物内では、「人」に責任が及ぶのは仕方ないと思います。

ただおばちゃんの言うように「危険予知能力」は現代は希薄だと思うな。
管理されすぎちゃったのが原因だ。
これは教師にも言える事は確かです。
Posted by やまのおっさん at 2008年06月20日 07:47
また違うところで盛り上がっちゃって(笑)

kurazohさんのご意見は,世の一般的ご意見と思って間違いないので,たぶん,教師,特に日教組に反感をもたれる方は口をそろえて「お前らが悪い。お前らのせいだ」って叫ぶわけです。
kurazohさんはこのブログのタイトルからしてきっと本人も腐れ教師の典型として,旗だけ振って,仕事もしない給料泥棒だと思ってらっしゃるでしょうし,その悪を正すべき使命を持って書き込んでいらっしゃるんだと思うのです。だから,いちろうさんもそんなに熱くならないでくださいな。
それくらいのことはいくらぼけすずめでも承知しているつもりです。
教師じゃなくても,大事な子ども預かる以上,たとえ自損事故による擦り傷ひとつ,本人には,「バカじゃないの?」と言いつつも
,「申し訳ございません」と親御さんに謝罪し,本人が帰りつくより先に電話の一つもするのは当然のことで,それくらい気をつけるのは言われるまでもないことです。
それを前提にしても,この事故のようなことは,おっさんの言われるように,教師の方の管理能力というか,危険察知の勘が鈍っていることにより,ここは押さえないとってポイントが間違っていたか,足らなかったこともあると思います。
わけわからんガキを連れて外に出るってことは,教師の側にもマニュアルにもノウハウにもない,勘が必要です。なんか,こう,これはさせちゃいけない,とか,ここは気をつけなきゃってニオイですね。
で,教師も小さいころからお勉強ができても,ワイルドさに欠けるので,そういう対処ができない。(そんなのばっかり採用するからだと私は教委の見る目のなさを問いたいですね。アンタどこ見てるの?面接してるんでしょ?授業までさせて,延々みるんなら,それくらい嗅ぎ分けなさい)とまあ,そんな話はいいのです。自分のブログのコメント欄にこんなに長々書いてどうするの?って感じですね。失礼しました。みなさまが関心を持ってくださってるってことに感謝します。
Posted by すずめ at 2008年06月21日 08:07
「見る目のない教委」が選んだ「腐れ教師(組合は教師とは言わず、教職員や教員とよぶのだそうですが)」とすずめ先生がよばれる若い人が死亡した生徒の担任だったら、バッシングはもっと強かったかもしれませんね。
このブログへの書き込みは、あくまでもすずめ先生個人へのコメントであって、一般の?組合員へのコメントではありません。
大きな事故と組合の関係で思い出したことと言えば、事故が起こったとき、組合は教師を助ける側にまわるのかと思いきや、「支持しない」ことを明言して切り捨てたケースも見てきました。組合員だから守られるという論理ではないのは正常な組織の証拠でいいことです。
ただ、支持・不支持と立場を二者択一にすることや、批判への過剰な反応など、行動が極端に走りやすい組織だなと思うことはありました。
いずれにせよ、正しい指導と判断を現場できちんとできない教師に厳しい目を向けるのは、組合員であろうとなかろうと関係ありません。
シンパの方に不快な思いをさせたことはお詫びします。
詳しいことは自分自身のブログで述べたいと思います。
Posted by kurazoh at 2008年06月21日 15:22
基本的にすずめさんは
いつも教員の視点からばかり発言していて
子供の視点を持つ姿勢が欠けています。
これは指導者として非常に大きな欠落です。

この記事では、そういった色合いが
強く出ているように感じます。
Posted by Psyche at 2008年06月21日 20:07
 
>シンパの方に不快な思いをさせたことはお詫びします。

いゃ〜っ、釣り上手ですね。
確かに読み返すと真意が伝わらない文です。
今回は深夜になる前に書きます。

わが家は3人の子どもがいて、小学校とは10数年のつき合いです。
で、子どもが小さいとき、よく学校ごっこをしていました。
机がわりの台を2回叩いて「はい、静かにして」
その後、2回手を叩いて「はい、こっち向いて」
これが定番で私は大笑いしていましたが、
妻に聞くと「確かにやっている。担任の先生の真似だ‥」と。
どの子も自然と先生の口癖を真似たりしていました。(最近は全然ないけど)

で、kurazohさんの件ですが、
何度か目にしていて、「どうなのかなぁ〜」と感じていたことがあります。
一つは「能力主義」的なこと。
先生なんて大なり小なりそんなもんだろうけど、
やってできない人の痛みってわかっているのかな‥‥と。
二つ目は「レッテル貼り」。
すぐに区分してレッテルを貼るのもいいけど、
そのレッテルを鬱陶しく思う人の心がわかるのかな‥‥と。
で、三つ目が「排他性・攻撃性」です。
この三つが現れているコメントを見て、
しかもkurazohさんが教師だったと思い、書き込みました。
kurazohさんのクラスは、
他のクラスよりいじめや登校拒否が多いんじゃないか‥‥と。

すずめさんのクラスは、
大阪のおばちゃん系の担任がギャーギャー言いながらも、
少し甘えん坊の子どもたちが背伸びしながらも
大人の社会を目指している気がするのですが‥‥。

kurazohさんの書き込みからは“あたたかい集団”が見えてこないんです。
教師の人間性を子どもたちが見たり感じたりして、
自己形成していくんじゃないのかな?
そういう意味で、つっかかってみました。

で、釣りの答え。
約一年前に発見したこのブログ。
楽しんでいます。
そう考えるとすずめさんのシンパ?
 
Posted by いちろう at 2008年06月21日 23:45
議論という場において批判するのではなく
思い込みだけで発言するのは控えた方が賢明でしょう。
Posted by Psyche at 2008年06月22日 00:23
この記事に関する違和感を書かせていただきました。
コメントを見る限り批判は想定内であるかのように書かれておりますが
その開き直り具合が非常に問題であると感じます。
そして、問題を問題と認識できないないのが最も問題と言えるでしょう。

罪悪感のある人は更生の余地がありますが
罪悪感のない人は更正の余地がないということです。
Posted by Psyche at 2008年06月22日 01:04
私に対する批判については、ブログの中でお答えいたしました。
Posted by kurazoh at 2008年06月22日 01:30
>議論という場において批判するのではなく
>思い込みだけで発言するのは控えた方が賢明でしょう。

ここは議論の場だったんだ。
で、批判するのではなく思い込みだけで発言するのは…とは?
批判はすればいいが、
思い込みだけで発言はするなということ?
正直、意味不明なんだけど、
06月21日 20:07 の投稿を見ると、
どんどん批判してもいいが、
思い込みはダメということになるんだろうねぇ。
で、
勝手に思い込みにされているけど、
文章を読んで書き手の心情を読みとるのは思い込みなのか?
不思議だ。
さらに不思議なことが一つ。
なんで、Psycheさんに思い込みと決めつけられなきゃいけないんだ?
kurazohさんが言うのならわかるんだけど‥?

ということで、ここでの書き込みは終了して、
そっちへ行きますね (*⌒O⌒*)
Posted by いちろう at 2008年06月22日 22:39
やりあうのも良いけど、マナーとしてね、骨子は崩さない、というのはありますね。
んでも範囲内の場外バトルというのはありますね。
でも、いつも思うのだけど、人様のコメント場でやりあうのであれば、最低限の不文律はありますね。
コメント氏同士のバトルもコタガイにすべきですしね。
かといって、妥協ばかりで通り一遍のはイヤですが・・。
醜い低次元のもイヤだ。
思い込んだかどうだか知らないが、おばちゃんに「まあ、まあ」と言われているうちに退散すべき かな?
まとまらなくてスマン。
Posted by やまのおっさん at 2008年06月22日 23:12
先ほど入力した私のコメントが反映されていないようです。さっきまではあったと思うのですが…。自分に厳しい意見は排除ですか?それとも、ブログやPCの不具合なのでしょうか?
Posted by Psyche at 2008年06月22日 23:26
psycheさんへ
私のお返事も削除されたようでしたので,
「これを引き際に」との書き込みから
意図は伝わったものと削除しました。
役目は終わったものと理解しています。
Posted by すずめ at 2008年06月23日 00:05
>私のお返事も削除されたようでしたので

私はあなたのコメントを削除した覚えはありませんよ。
私のブログにおけるあなたのコメントはしっかり残しています。
私が気づいていないだけかもしれませんので
もう少し説明していただいてよろしいでしょうか?
Posted by Psyche at 2008年06月23日 00:37
関連記事を書かせていただきました。
トラバさせていただきたくお願いいたします。
Posted by まずろ at 2008年06月23日 21:09
私のコメントをきっかけに・・・・。
失礼しました。
どうしても、「日教組の何が悪いのよ!!」というブログのタイトル→子どもの死亡事故→子どもの危険察知能力の欠如という記事の流れだったのが、どうしてもコメントしたくなる原因でした。
亡くなった子どもは、腕白なスポーツ少年だったようですね。
危険性は重々知りつつ、飛び跳ねていたときは、自分を見てくれ!と強いアピールをしていたのでしょう。教師がそのとき何をしていたか。そこが争点になるのでしょう。
保護者はもちろん、これで初の通知を出さざるを得なくなった文科省側のやるせなさや情けなさを、二度と繰り返さないために、教師としてすべきこと、保護者としてすべきことをそれぞれの立場でしっかり認識しあうことを最優先にしてほしい、とにかく事態を重く見てほしい、という願いでいっぱいです。
Posted by kurazoh at 2008年06月23日 21:59
まずろさんの記事まで書かれるにいたって,
自分のまず表現力のなさに情けなくなりました。どこをどうすればそんな解釈になるの?って思うところもありますが,一度手を離れたものは独り歩きするのですから,やはり私の責任でしょう。
 亡くなった少年がどんな子だったのかはわかりませんし,亡くなってしまったものに,「あんたが悪いのよ」なんて言うつもりは全くありません。どんな子だって,命の重さに変わりはないし,それを預かる責任は教師にあります。
 ただ,一瞬,私には,自分の受け持ってきた,やんちゃ坊主たちの,結果的には生きてはいるものの,なにかあったらどうするの!!という所業が重なったのでした。
その場で叫んだっていうことなんか聞かないガキんちょたちですから,最初からひとつひとつ言い聞かせて,約束させて臨むのですが,それでも,命が縮む瞬間があります。
毎日彼らと格闘しているわけですから,この事件は実は他人事ではないのです。
お願いだから,もうちょっと,ちっちゃい時に野外の経験をさせて,実は身の回りには危険がいっぱいってことをつかみとらせておいてほしい。大人が危険を知らせた時には,ただちに回避する素直さを残しておいてほしい。
ついそれが出たことで,まるで保護者を非難しているかのように思われたことは,私の至らなさとしか言いようがありません。
たいへんお騒がせしました。
 「思い込み」という点に関しては,少し思うところがありますが,長すぎますので,またそのうちに。
Posted by すずめ at 2008年06月23日 23:49
あなたが私にされた「コメント削除」についての記事を作成しました。
ただ、私がすずめさんの返事を削除したとありますので
その説明を待ってからUPするかどうか決めたいと思います。
前の記事はあなたの言葉に基づいて書きましたが
今回の記事はまだ説明をうかがっておりませんので。
今夜一晩待ちます。
Posted by Psyche at 2008年06月23日 23:52
>まるで保護者を非難しているかのように思われたことは,私の至らなさとしか言いようがありません。

はっきり言わせていただくと
あなたは保護者を批判しておられました。
あなたは修正前の記事の最後を
『危険を察知する能力を育てておくのは親の責任なんだよ。』と結んでいます。
これが責任転嫁ではなければ何なのでしょうか?
説明していただきたく思います。

最後の部分だけでなく記事全体の文脈を見ても
あなたが学校側の責任を保護者側に押し付けたのは明らかです。
表現力の拙さに原因を求めることは見苦しいとは思いませんか?

>一度手を離れたものは独り歩きする

というのは、教育ブログの教員がよく使う自己弁護です。
子どもに反省を促す立場の人間が
自分のことも素直に認められないでいいのかと
非常に疑問に思います。
Posted by Psyche at 2008年06月24日 00:03
>大人の言うことをきちんと聞く姿勢と,危険を察知する能力を育てておくのは親の責任なんだよ。とおばちゃんは思うのである。 おばちゃんのところへ来てくださって,どうもありがとうございます。 ...


これで責任転嫁していないという主張をするのは
かなり無理があるのではないですか?
これは修正前のあなたの記事の最後の部分です。

ちなみに一言言わせていただくと
「聞かない」んではなく「聞かせる」んですよ。
それが指導者としてのあるべき考え方でしょう。
Posted by Psyche at 2008年06月24日 00:16
psycheさんへ
私がそんな大きなものを見落としたのかどうなのか,その辺のところは何とも言えません。わたしの見落としか,反映される前だったのか,もしそういうことでしたら,早まった判断をしたことをお詫びいたします。
別に「やさぐれて」もおりませんし,評価していただくために,まして喜んでいただくために記事を修正したわけでもありません。
ご自分の記事を上げるかどうかを私次第とおっしゃるのは,よほどのことを書かれて,ご自分でもそうと認識されているのでしょう。
あえて喧嘩を売るつもりはありません。前回はやんわりとご注意申し上げたつもりでしたが,お分かりいただけなかったのでしょうか。
Posted by すずめ at 2008年06月24日 00:22
>私がそんな大きなものを見落としたのかどうなのか,その辺のところは何とも言えません。わたしの見落としか,反映される前だったのか,もしそういうことでしたら,早まった判断をしたことをお詫びいたします。

見落としとはどういう意味でしょうか。
私のコメントを見落としたとでも。
あなたは「削除した」とおっしゃいましたが
見落としと削除はまったく別であると思います。
はっきりおっしゃってください。
「削除した」のですか?「見落とした」のですか?

>あえて喧嘩を売るつもりはありません。前回はやんわりとご注意申し上げたつもりでしたが,お分かりいただけなかったのでしょうか。

注意とは誹謗中傷のことでしょうか?
申し訳ありませんが批判は誹謗中傷ではありません。
公に向けて発信されているのですから
自分の発言には責任を持つのは当然のことです。
なお、記事については当然のことを書いただけで
別によほどのことを書いたものではありません。
今回については説明を聞けておりませんし
私が削除したという勘違いをされていたようなので
あなたからの説明をうかがいたいと思っておったのです。


なお、責任転嫁について引用してコメントしたのですが
それについて詳しく説明していただけますでしょうか?
先ほどのコメントでも伝えたとおり
誤読では説明できないように思います。
そして、それこそが一番大切なポイントです。
Posted by Psyche at 2008年06月24日 00:45
なお、私があなたのお返事を削除したとありますが
具体的に何を意味するのでしょうか?
Posted by Psyche at 2008年06月24日 00:47
教師よりも親だろ
小6にもなりゃ、何が危険で、何が安全か、の区別くらいつくだろ?。ただ、今回の東北地震で改めてわかったように、学校設備が、ものの2〜30年で劣化するようなつくりじゃ困るがな。ただ言えるのは、先日の「秋葉原通り魔 無差別殺傷事件」そして今回の件、「人(大事な友達)が一度死んだら、二度と生き返らない」ということはわかったんじゃないか、ゲーム世代は(リセットすればやり直せる、それと一緒で)『一度死んでも、生き返ると思う』っていうバカが多いからな、目の前でこういうことが起こりゃ、身にしみてわかったんじゃないか、「教科書には載ってない」言い勉強が出来たんじゃないのか。

話は変わるが、宮崎の東国原知事が「体罰容認」発言をした、と「ハッケン」[フジテレビ]でやっていた、口で言って聞かなきゃ、体でわからせろ。これ[コメント]を読んで不快に感じたんなら、自分の子どもの教育をきちんとしろ。他人に注意されて文句があるなら、最初からしつけろ、それが親の役目だ。


Posted by 上野 泰 at 2008年06月24日 19:49
小6にもなりゃ、何が危険で、何が安全か、の区別くらいつくだろ?。ただ、今回の東北地震で改めてわかったように、学校設備が、ものの2〜30年で劣化するようなつくりじゃ困るがな。ただ言えるのは、先日の「秋葉原通り魔 無差別殺傷事件」そして今回の件、「人(大事な友達)が一度死んだら、二度と生き返らない」ということはわかったんじゃないか、ゲーム世代は(リセットすればやり直せる、それと一緒で)『一度死んでも、生き返ると思う』っていうバカが多いからな、目の前でこういうことが起こりゃ、身にしみてわかったんじゃないか、「教科書には載ってない」言い勉強が出来たんじゃないのか。

話は変わるが、宮崎の東国原知事が「体罰容認」発言をした、と「ハッケン」[フジテレビ]でやっていた、口で言って聞かなきゃ、体でわからせろ。これ[コメント]を読んで不快に感じたんなら、自分の子どもの教育をきちんとしろ。他人に注意されて文句があるなら、最初からしつけろ、それが親の役目だ。




Posted by 上野 泰 at 2008年06月24日 19:53
初めまして。
いつも,楽しく,そして考えさせられながら
記事を読ませていただいておるものです。


通りすがりの立場でこのようなことを申し上げるのも
いかがなものかと自分でも思いますが,
そして,こう思うのだったら,読まなければいいと
反論されると思いますが・・・

Psycheさん,
ここは,そんなに,激論を熱く戦わせるべき場所なのでしょうか・・・
そしてだんだん,本来の記事の内容から離れていますし・・・
ここは,おばちゃんの記事を,ほのぼのと,
時に,ふむふむと,
そして,時には意見を交換させたりする場所
なのではないのかなぁなんて思ったりします。

おばちゃんが日々の激務の中で書かれた記事について,
なんか,ここまでくると,
執念で,揚げ足をとっているような気がしてきてしまいます・・・
そうじゃなかったとしても。そう感じます。
あまりにこういう場に不適切なほどの
敵対心をいち読み手として感じてしまうのです。


と,私も長々と申し訳ありません。
おばちゃんの記事,いつも,楽しみにしています。
Posted by 通りすがり at 2008年06月24日 20:24
通りすがりさん

私は読まなければいいと反論するつもりはありません。
むしろ、読んでいただきたいと考えております。

本来の記事の内容から離れているという指摘については
理解できない部分が多々ありました。
まず本論は「事故の原因を親の子育てに求めた」ということであり
私はそれを批判していたつもりです。
以下のコメントを見ていただければ理解していただけるはずです。

>なお、責任転嫁について引用してコメントしたのですが
>それについて詳しく説明していただけますでしょうか?
>先ほどのコメントでも伝えたとおり
>誤読では説明できないように思います。
>そして、それこそが一番大切なポイントです。


すずめ先生の記事を「ふむふむ」と
そして「ほのぼの」と読むのは読み手の自由です。
それについて異論を唱えるつもりはありません。
しかし、だからと言って反論をするなというのは
かなり無理がある主張なのではないでしょうか?
いわば、「私は静かに読みたいんだから、空気を読んで批判しないでよ」と
自分の欲求のために人の発言を抑えているのです。
かなり自分勝手な論理なのではありませんか?


>揚げ足をとっているような気がしてきてしまいます・・・
>そうじゃなかったとしても。そう感じます。

揚げ足を取っているつもりはありません。
具体的に指摘していただければ説明いたします。
『そうじゃなかったとしても。そう感じてしまう』というのは
まったく説明になっていません。

本論から外れたコメント削除に関しては
彼女が私のコメントを一方的に削除したことから端を発したものであり
それについて私に疑問を投げかけるなというのは
いささか的外れな指摘と思うのですがいかがでしょうか。
あなたが仰っていることの妥当性を再考していただきたく思います。
そして、未だに彼女からそれについての説明はされておりません。


なお、『通りすがり』という名前については
http://psyche777.blog116.fc2.com/blog-entry-26.html
を一読していただけると幸いです。
あなたが中立の立場と言ったところでそれを証明することはできません。
発言の中身で私は判断させていただきます。
Posted by Psyche at 2008年06月25日 09:27
削除。削除。削除あるのみ。Psycheって一体何様なんだい。えらそうに。
そんなのにいちいち付き合うことないよ。すずめさんも人がよすぎるわ。削除しちゃえばいいのに。
これからブログをやろうと思っている人が、ブログってこわいなあと思い始めたらって、そっちの方が気になる。だからそう思わせるようなものは削除に限る。
公序良俗に反すれば、このブログ自体が閉鎖されるだろう。そうでない限りは何を書こうと自由だよ。それを勝手な批判を関係ないやつがえらそうに加えて。やっぱり削除してほしい。
 ああ。もう一つ、しつっこいと言うこともあるね。
Posted by 通りすがり at 2008年06月26日 00:59
通りすがりさんへ

>そうでない限りは何を書こうと自由だよ。

あなたの仰るとおり、すずめさんが何を書こうと自由です。
しかし、それを批判をするのも自由なのです。
私は彼女の意見に基づいて意見を述べているつもりですし
誤解などがあれば修正する意思は持ち合わせています。
Posted by Psyche at 2008年06月26日 02:16
 指導力のない教師を「問題教師」というらしい、文部科学省も、その対策はするらしい。だが、産んだだけでろくにしつけも出来ない「問題親」のことが話題にならないのはおかしい。[しつけの出来ない、家庭で教えるべき教育の出来ない親を、私はこう呼びたい]
「問題だ」と言うことすら気づいていないのか、それこそ「問題」だと思わないのか?。
Posted by 上野 泰 at 2008年06月28日 17:44
学校で発生する事件や事故は、ネグレクト系、虐待系の親が多いから増えている、という単純なものではないようです。
確かにそういう親は増えているかもしれませんが、そういう親の子どもでも、学校生活だけはしっかりできている場合があります。
それは、教師集団の力というものもあるかもしれませんが、子ども集団というものが、「いじめ」にも向かえるような強いエネルギーを「良い面」にも発揮できる力をもっているからです。行事のときの子どもの姿を見ればよくわかります。
指導力のない教師より、よほど子どもは自分が認めた子どもの言うことをよく聞きます。
親の話に戻れば、本当にしっかり子どもをしつけている親でも、必ず反抗期の洗礼を受けるものです。「うちの子に限って・・・」なんていう話は、ドラマに限らず現実でもいまだによく聞きます。
子どもとはそういうものだと捉えることが第一歩です。
だから、家庭では親が、学校では教師が、地域では地域の人々が、子どもにあたたかい目を向けてあげていてほしいのです。
息子の学校近くの自治会で「挨拶運動」を毎朝してくださっている方々には、本当に頭が下がります。
そして、学校に入ったら挨拶をしない・・・なんてことは悲しくて見ていられません。
Posted by kurazoh at 2008年06月28日 22:52
関連記事を書きました。トラックバックをお送りします。実は、まだ続きがあり、合計3つの記事になる予定です。次の記事は「教職員の心のケアと同僚性」というような内容を書いたのですが、楽天のメンテナンスのおかげで書き上げた記事が消えてしまいました。またあらためて書き上げたらトラックバックいたします。お時間があるときに読んでいただけたら嬉しいです。
Posted by よたよたあひる at 2008年06月29日 03:25
あなたのコメントを受けて、再度関連記事の補足として書かせていただきました。
ところで前回のトラックバックはうまくいかなかったのでしょうか。
今回の記事と併せて、再度トラックバックよろしくお願いいたします。
Posted by まずろ at 2008年06月29日 04:46
ある人は、事故の原因について考えた。子どもたちが危険と向き合う回路を、現代社会は奪っている、と。
別な人は、事故の責任について考えた。だれが、何をしていれば、事故は防げたか、と。
言葉をどこへ向けて発するのか。すれ違いは、ことの始まりからすでにあった。

もんだいは、「子どもの視点」に立って考えることだ。だから、私じしんが子どもだと思ってみよう。危険から遠ざけるために柵が出来たとしよう。子どものわたしは思うだろう、この柵を乗り越えたらどんなに愉快だろう、と。だって、柵は乗り越えるためにあるのだから。

子どものころ、川はわたしたちの遊び場だった。夏になれば飛び込んだり、泳いだりした。年かさの子どもがいて、どの淵やどの瀬に行ってはいけないか、教わりもする。「あそこに行けば、河童に足を掴まれるぞ」。
やがて学校にプールが出来て、川で泳いではいけないことになる。岸辺はコンクリートに覆われ、柵が出来て、川原に下りることも出来なくなった。子どもたちは、川の愉しみも知らず、恐ろしさも知らない。それでは洪水に対する危機意識が育たないからと、行政は親水空間の整備を進めている。変に整備などせず、自然に戻して欲しいと、昔の子どもは思う。

事故は起きないようにしようという考え方がある。危険から、出来る限り人を遠ざける。危険な場所は覆い、近づけないようにする。事故は滅多に起きなくなるだろうが、起きてしまったときどう対すればよいのか、人は学べなくなるだろう。
事故は起きるものだという考え方もある。だから、危険への対し方を、人は日ごろから学んでおくべきだ、と。

誤読による批判があり、その批判が噂のように伝わると、ありもしない人格が築かれ、攻撃の対象になる。インターネットでは、ありがちなことだ。自分の考えてもいないことを、おまえはそういったと批判され、段々激昂してくるので、とりあえず黙っていることにした。
そういう事態が起きていたように見えたので、そもそもの出発点でのすれ違いを浮き彫りにするために、すずめ語による問題提起を、わたし流に翻訳してみました。
Posted by 斎藤博之 at 2008年07月07日 05:09
もう、この件についてのコメントは最後にさせていただきます。
私も含め、さまざまな方による総括がされていますが、すべて読み返してみて、私が(珍しく?)感情的になってしまったのは、記事の内容だけでなく、いくつかのコメントがついた後の、すずめ先生の
>また違うところで盛り上がっちゃって(笑)
という一言だったことに気付きました(遅すぎる?)。「笑」の一文字です。
その後の「日教組に反感をもたれる方は口をそろえて…」ではなかったのです。
いずれにせよ、「我を忘れる」ようなことになることはしないことにし、あくまでも「子どもたち」への誠意が伝わるような記事づくり、コメントでの参加を心がけたいと思います。
すずめ先生のブログは、これからも応援させていただきたいです。
Posted by kurazoh at 2008年07月07日 23:47
何度もすみません。
まだ議論が続いていて、あなたとしても複雑で落ち着かないことで申し訳ないです。
ただ出発点は此処なので目をそらせられない議論の軸足を書きたかったので、ここをトラックバックしようとしました。
が・・・やはり同じくできませんので、ここのURLを引用させていただいたことをお許しいただきたく、ご挨拶にきました。
お気を悪くされるかもしれませんが、どうかご了承ください。
Posted by まずろ at 2008年07月30日 13:36
あ、ごめんなさい。
記事のURLのみ置かせていただきます。

http://maslow.blog115.fc2.com/blog-entry-87.html

もしあなたのご意見をいただけるなら、幸いです。
Posted by まずろ at 2008年07月30日 13:39
普通屋上に上がる事次第間違ってるやん 病院と違います 今の子供達はもちろん 親がちゃんと子供達を守らなきゃ 可哀想じゃないですか
Posted by 春名です at 2010年10月10日 22:58
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